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「野の花づくし 季節の植物図鑑 春・夏編」から (平凡社) 2019年

 

 

写真とエッセイで綴る日本の四季、撮影秘話やときどき撮影ポイントも。

さまざまな雑誌や新聞での連載をまとめたもの。

 

 

 

          春紫苑 ハルジオン  キク科   長野県松川村          アサヒカメラ 2006/5月号
 

 この写真は、なんてことのない写真に見えると思う。実際、なんてこともない写真である。
 見慣れたものは実は見えにくい。見慣れているため、見えるはずのものを見過ごしてしまうからである。この、見えないものを見せることができたら、つまり、写真にすることができたら、と思うのだが、これが難しい。
 写真は、のんびりとした田園風景のなかに見つけたハルジオンの群落である。遠くの山々には春霞がかかり、やわらかな光が、咲き始めたばかりの初々しいハルジオンを、いっそうやさしげに見せていた。誘われるように近くに寄った。その場にいる心地良さから、かけすぎるほどの時間をかけて撮影した。
 このような天気のときは、偏光フィルターを使うとよりクリアな写真になると、撮影ガイド本では勧めている。しかし私は、この曖昧さが好きで、めったなことではフィルター類は使わない。
 レンズを換え、様々な角度からねらって。撮影し終えたあと、ふと、真ん中に自分が立っているような感じで1枚撮ってみた。
現像してみると、一番気に入ったのがこの最後の写真だった。意図的にシャッターを押したどのカットよりも、その時の空気が写っていたのである。撮ったときには、そんなことは思ってもいなかったのだが。

 しかし、見る人にとっては「なんでもない写真」であることには間違いない。それはそれでいいのである。